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上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト@国際フォーラム。
音が際限なく細胞分裂していくさま。その強烈なエネルギーの渦に引き込まれ、次の瞬間、どこに連れて行かれるのか。怖いぐらい解釈不能な状態に。まさにALIVE!!! 掴み取る前にどんどん生まれていく、未知の世界。

上原ひろみさんは、存在そのもののエネルギーが大きすぎて、それだけでも圧倒的なのだけれど、ピアノに対する愛情がはちきれんばかりに伝わってくるライブでもあった。
前半終了後の休憩時間、パンフレットに綴られた「ピアノに永遠の片想い」という言葉に、ああ・・。
囁きかけているような瞬間があれば、戯れていたり、挑んでいるような瞬間もあって、変幻自在。
あんなに開かれた繊細な感性を持ちながら、よくその愛情に飲み込まれずにいられるなと思う。ピアノ、自分、周りの人たち、そして生きることの可能性を心から信頼しているんだろうな。

アルバムのどの曲もー大好きなSeekerも、Fireflyもーまったく違う生き物になっていて。スタンディングオーベーション後のアンコールがSpiritだったのも嬉しかった。大らかであったかくて、希望に満ち溢れた曲。
しかし、会場の1人1人にも、とてつもない集中力が求められるんだろう。演奏が終わった直後はぐったり。翌日もぐったり。翌々日もぐったり。そして今日になってやっとなんか書けるようになった。はあ~。

ちなみにライブでは演奏しなかったけれど、この曲も素晴らしいのです。
"Place to be" ⇒ (Click!) 
今宵もお月様がきれい。聴きながら眠りにつこう。
会う人会う人に、日曜日は選挙だね、と話をしている。
今回の選挙は行かないという友達に、私があーだこーだ言うより、これを読んでもらいたいなと思い、送ってみた。心変わりしてくれますように。とても良い記事です。
【総選挙2014】首相が「どの論点を避けているか」にも目を向けてみる(山崎雅弘)|ポリタス 「総選挙」から考える日本の未来⇒ (Click!)  ‪#‎総選挙2014

最高裁判官の国民審査については、マスコミもほとんど報道しないので、あまり情報がないのが現実。
以下、参考になります。
今回、国民審査を受ける最高裁裁判官の関わった、主な判決。→【総選挙2014】総選挙と同時に行われる最高裁判所裁判官国民審査とは⇒ (Click!) 
沖縄に関連する判決について。こちらもぜひ。 / 最高裁国民審査 沖縄密約、高江を判断 2氏、県関連で判決⇒ (Click!) 
藤井光監督の「ASAHIZA」
淡々と静かに見せつつも、何重にも仕掛けがあるというか、ものすごく緻密な作品だった。
藤井さんは、6月末に益子で企画した「OTOTOMO×大友良英」で上映させて頂いた「プロジェクトFUKUSHIMA!」の監督でもある。
公式サイト⇒ (Click!) 

藤井監督の映像は静謐で美しく、独特の趣がある。
画面に映し出される映画館の廊下、古ぼけたリール、劇場で眠る人たち。
朝日座について語る人たちの表情。家の玄関の手すり。
彼らが、どんな生活や仕事をしていて、お互いにどのような繫がりを持っている人たちなのか。
そのほとんどについて、説明はない。

会話をしている人たちの映像でも、音がないと届き方が全く違う。
静止画にも音楽が被さっていたり、そうでなかったり。
その場の背景の音と共に音楽が流れていたり、そうでなかったり。
当たり前の事かもしれないけれど、こんなにも印象が違うんだな、と。
小さく、大きな違和感が随所にちりばめられている。
大友さんの音楽と藤井さんの映像は、底で流れているものが近い気がする。

最も印象的だったのは、画面に映し出された、あるおじさんの表情。
おじさんは、じっとカメラの方を見たまま、何も話さない。
しばらく沈黙が続いた後に、奥さんが「馬を手放してから元気がない」と。
そして、2人が初めて映画デートをした朝日座について語りはじめるのだけれども、奥さんが話している間も、カメラはおじさんの方を向いていたりして、その表情には、とても深く心に響くものがあり、何故だか泣けてきた。

観る側の想像力を引き出してくれる作品。
そして、ただ単に美しいだけではなく、1枚1枚の絵にPoetryと哲学があると同時に、安易なまとめ方や意味づけに映像の力でもって抗おうとする強い意志を感じる。
映像が暴力でもあることに真摯に向き合いながら製作されている方なんだろうな。

映画館が閉まる寸前に、監督と少しだけ話をすることができて、プロジェクトFUKUSHIMA!の時のお礼を直接伝えることが出来たのだけれど、とにかく作品が強すぎて、帰り道、ずっとボヤ~~っとしていた。

映像であれ音楽であれ、心を深く動かされるほど、少なくとも数日間は新たな「体験」や「情報」をシャットアウトしたくなるな・・。
急いで言葉にしようとすると消えてしまう気がするし。
ぼんやりと、少しでも何かが降りてくるのを待ちたくて、感じたくて。それでも結局追いつけないのだけれど。
というわけで、映画を観た1か月後にやっとブログにアップ・・遅い。。

ちなみにこの映画、水戸の仲間たちと共に上映する予定!!なのです。
一人でも多くの人に届けられますように。
また詳細が決まり次第ブログにアップします!

以下、少し長いけれど、サイトに掲載されている監督とプロデューサーの言葉。

藤井光監督
「原発事故を受けてこの地域の人々は〈被災者〉として描かれ続けてきました。被災地のイメージで覆い尽くされてしまった土地だと言えます。逆説的に言えば、メディアなり映像文化が、この土地の人々を〈被災者〉として固定化しているとも言えます。前作の『プロジェクトFUKUSHIMA!』を撮った時に、カメラの中に記録された人々の笑顔や冗談を映画の中でどう扱えばいいかわからず大半をカットしました。それは〈フクシマの物語〉として観客が期待するであろう〈リアル〉に矛盾すると考えたからです。当時の判断が間違っていたとは思いませんが、違和感も残りました。映画『ASAHIZA』に登場する方たちを美しいと感じられるのは、そこで描かれた人々が〈被災者〉のイメージから開放されたからなのかもしれません。朝日座のことを話し始めるとみなさんニコニコする(笑)。それで、今回の撮影中にプロデューサーの立木さんに言ったんです。非日常であろうと日常を生きる「普通の人々」を描かねばならない、この明るさというか、柔らかなものを表現することが、原子力発電所の事故によっていろんなものが破壊されていく現実に対する報復になるのではないかって。」

立木祥一郎プロデューサー
「この映画は、地震や原発事故についての映画ではありません。朝日座という劇場をめぐる人々の記憶をたどるドキュメンタリーです。何代もつづく商店があり、戦国時代から江戸にかけての騎馬武者の歴史を色濃く残す土地に暮らす人たち。そうした土地に根付いた人たちの暮らしにカメラは入り、朝日座についてのインタビューを行います。そしてまた、南相馬を離れた大きな街で暮らす若者たちにも、カメラを向けます。原発で移住したもの、震災とは無関係に街に出たもの。

そして、朝日座について語る人々を撮影した映画を、朝日座で上映します。映画に出演した人々やその家族、友人たちなど南相馬の人々に加え、東京からバスに乗って、朝日座と南相馬周辺を見学するツアーの人々が合流して、上映会が行われます。

朝日座という劇場についての映画を通じて、朝日座に、人々が集まる。それは、インタビューで語られる往年の映画館の賑わいを思わせる瞬間でもあります。歴史をもった映画館は、きびしい現実のただ中にある人々にとって、映画や街の記憶で人々の心を繋ぐ特別な場所であり、これからの人々の未来を照らす灯台のようでもあります。

ASAHIZAという映画を通じて、朝日座というひとつの劇場、南相馬という地域から、日本の、そして、人間の未来は、どこに向かうのか。答えのない問いかけが、この映画のすべてのディテールに内包されています。」

Guitar solos 1
階段という「あいだ」の空間から始まるサウンドインスタレーション。
登ってから、また降りてみたり、1つのスピーカーに耳を澄ませてみたり。
それぞれの来場者の佇まいを見ているのも楽しい。

Quartetsーキューブ状のスクリーンに演奏者の影が映し出され、それぞれの即興演奏が、ランダムに組み合わさり、音の振動から生まれるイメージが会場の壁に蠢く。
来場者は、思いに思いに周りを歩いたり、立ち止まったり、座ったり。
会期中一瞬たりとも同じ音楽は生まれない。

1つの場所からはスクリーンの2面しか見えないので、想像が広がる。場所によって聴こえ方も違う。
来場者がスクリーンを横切る度に、その人の影も浮かび上がっては消える。人々のかすかな足音、空気の流れ。鞄の鍵についている小さな鈴、体の姿勢、呼吸。僅かな変化で空間が動く。
すべてが生き物だ。
抱き枕を持参して、1日中座ったり寝転んだり、伸びたり縮んだりしながら、味わえたら極楽だろうに。

これまで抱いていた疑問。
ライブやコンサートでは、ほとんどの場合、前方にステージがあり、椅子に座らせられるか、ぎゅうぎゅうの立ち見。
音が流れれば身体を動かしたくなるし、その時によって音が届きやすい体勢というものがあったりもする。だから、欲を言えば、いろんな場所で、いろんな恰好で、体感したくなる。
制約があるからこその味わいというのもあるけれども、今回の展示は、そういう意味でも魅力的だった。

「オープン・スペース 2013」展 無響室展示 evala+鈴木昭男《大きな耳をもったキツネ》も心に残った。
無響室に一人で入り、暗闇の中で椅子に座って音を体験。4つの曲があり、京都府で野外録音された音たちの作品を選ぶ。
始まる前に靴が脱ぎたくなったので脱いだ。途中で後ろにびよ~んと身体を伸ばしてみたり、脚を泳がしてみたり。わあ、音の感じ方が変わる。面白い。
後ろに気配を感じたり、周りが海になったり、ふっと寒くなったり。あっという間の7分間。他の3曲も全部体験したかったな。無響室ではない普通の環境では、一体どんなふうに感じるんだろう。

1日の締めは、Filamentのライブ。
ぼんやり聴いたり、1つの音に集中してみたり、周りの人達を眺めたり。心地よさそうに船をこいでいる人たちもいた。
ノイズは胎内にいるときの音に似ている、という話もよく聞くけれど、お寺の境内でお経を聞いているような、お能を見ているときのような心境になる瞬間があったりで、不思議なものだなと思った。
天井を遊泳するように聴いてみたい衝動に駆られた。(そして実際想像したらちょっと笑えた)

会場を出た後は、すっかり音に敏感になっていて、世の中に溢れている音の洪水に戸惑う。
こういう感覚が好き。
展示は2月22日まで。
ホームページ⇒ (Click!) 
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大阪に向かうはずが、千代田線の電車の網棚に荷物を置き忘れ、ギャーΣ(゚д゚lll)
全速力で駅の事務局へ走り、荷物が見つかった二重橋前へ。
新幹線、間に合うんか!?
ギリギリや〜。ピーンチ!!!

…追記

親切な駅員さんに、間に合わないだろうと気の毒がられつつ、意地でも乗る!と、電車の選択肢は捨てて、二重橋前から東京駅まで猛ダッシュ。結果、3分前に滑り込みセーフ!ヤター!!
先に行って貰っていた母には呆れられつつも、お茶を差し出された。
マラソン選手か。笑

来年もこんな感じで行こう思います。
写真は、無事大阪に到着、早速食したお好み焼き。激うま〜!!
皆様、今年もお世話になりました。良いお年を!!