文字の大きさ :
| ホーム | うつわ | 自己紹介 | 取り扱い店 | メディア紹介 | リンク | お問い合わせ |
Img_cdad345fea9537facea1bd42e337603f
Img_7c1442b0af3976fd5a591759c0fb3d48
アジアンミーティングフェスに参加してきた。
それぞれの奏者がバラバラに点在する会場。座布団を渡され、座る場所を選ぶ。予め中心が設定されていない。いいなあ。フェスティバルFUKUSHIMA!納涼!盆踊りの複数の櫓を思い出して、なんだか嬉しくなる。

つい先日のブログでも書いたけれども、もともとステージが前にあり、客席が後ろに配置されている通常の形式は得意ではない。色んな方向から、色んな距離で体感してみたいと感じることが多い。いつか空中遊泳しながら聴いてみたいと言ったら、友達から会場のコストとリスクが…と笑われた。

島が点在していて、その間をあてもなく泳いでいるような時間。
場所は自分で選べても、どこからどんな音が聞こえてくるのかは、全く予測不可能。ドキドキする。遠くから響く微かな音に、見えない奏者の姿を想像したりする。
「アジア音楽」?には詳しくなくて、先入観を持てる材料すら持ち合わせていなかったのだけれど、ライブが音楽的に良かったのか悪かったのか、好きなのか、そうでもないのか、それすらもどうでも良くなるような混沌とした体験だった。
形容しがたいものとの出会いは、いつだって貴重なものだ。
なんか、旅に出たくなったなあ。色んな人や景色に会いたくなった。

ライブ後にすぐ隣にいたバンコク出身のチェロ奏者、ユイさんとお話をした。演奏中は、人間離れした存在感を放っていた彼女も、ライブが終わると、とても可愛らしい少女のような女性であった。タイ式の挨拶は、やはり素敵だ。
出演者の皆様、主催者の皆様、ありがとうございました。

アジアンミーティングフェス公式サイト⇒ (Click!) 
池谷監督のドキュメンタリー「先祖になる」。

「被災地」や「被災者」、「復興」という言葉は、なんとなく、何かが違うような気がして、口にすることをためらってしまう自分がいる。実際に「被災地」や「被災者」の人たちに出会えば出会うほど、その想いは強くなり、複雑な気持ちになったりもする。でも、この映画を観ると、「好きになる」ってこと。結局のところ、それがすべてなんだと思う。

主人公の直志さんがとにかく魅力的。生きることの奥深さがひしひしと伝わってくる。
監督と一人の人間との関わり、その愛情や尊敬の念が映像の隅々まで溢れていて、観終わった後、これは「震災映画」ではない、と思った。
特典映像の監督インタビューで、監督自身がそうおっしゃっていて、ああ、映像から直に伝わってきたなあ、と改めて心を動かされた。

池谷監督は、福島県白河出身。震災後、ボランティアで何かできないかと、仙台の友人に連絡を取って手伝えることあるか?と聞いたら、来るなら映画を取りに来いと言われた。
インタビューで、監督は「映画は、いい意味で観客を裏切ることだと思う。撮影している自分自身も現実に裏切られていって、それがとても良かった。陸前高田で、震災1月後の自粛ムードの中、花見が開かれていた。その花見を主催していたのが直志さんだった。彼は住民の人たちを前に「今年も桜は同じように咲く」と言った。その土地にしっかり根ざしている生活者の言葉だと思った。そのとき直志さんに惚れた」と語っていた。
そして、1年半をかけて陸前高田に50回以上通いながら撮影した作品が、この「先祖になる」だ。

「直志さんに出会って、これは震災映画ではないと思った。震災があったから、出会えた人ではあったけれども、彼は、人間が生きる上で大切にしなければならないことを体現している人で、それを丁寧にすくいあげることが、この映画なんだと思った。」

この映画はナレーションや解説がない。
「被災地で一生懸命生きている人たちに下手な解説や演出を加えたくなかった。これは、一人の人間の生きざまを描いた映画。彼のとった行動を良い悪いで判断することはできない。観た人が色んな角度で、色んなものを観る。そんな余白を大切にしたかった。」

被災者、被災地というイメージや先入観は、実際には十人十色の、1人1人の人生に対して時にひどく残酷で、傲慢になり得る。この映画は、そのことだけでなく、震災でたくさんのものが失われたけれども、生まれたものも確かに存在する、ということに気づかせてくれる作品だと思う。
人間に生まれてきて、ほんとうに良かった。

上映日は3月13日金曜日。
公式サイトに予告編もあります。是非。⇒ (Click!)  
映画会詳細は⇒ (Click!)