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昨年出演させてもらった茨城放送の「えこのはなうたのススメ」で、仲良くなったプロデューサーの松田さんと谷津さんのご紹介で、本日、茨城放送の「いっセイのSay!」に出演してきました。
さとう一声さん、とても素敵な方でした。ディレクターの武井さんにも大変お世話になり、心より感謝申し上げます。
番組では、15日まで開催のドキュメンタリー映画会310の紹介をさせていただきました。
仲間が録音してくれていたので、良かったら聴いてください~。
 (Click!) 
13日上映の『先祖になる』『ASAHIZA』を中心に話をするはずが、15分あっという間で、『ASAHIZA』が駆け足になってしまったのだけが、心残りだけど、楽しい生放送でした。
『ASAHIZA』については、過去のブログにも書いているので、こちらもご興味のある方は是非。→ (Click!) 

現在、ばたばた陶器市に向けて制作をしつつ、小さな春を見つけてはワクワクしています。
作業場は、器で足の踏み場がなくなってきているなあ・・そろそろ素焼きするか~。
みなさんも、素敵な春をお迎えください!
3月10日にNHKで放送された「Live!Love!Sing!」。
公式サイト→ (Click!) 

「その街のこども」「あまちゃん」の制作チームが手掛けたドラマ。
なんかすごそうだ、と楽しみにしつつも、観るのが怖くもあった。

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登場人物が、交わるようで交わらない、そのバラバラな感じ。
善意や正義感が凶器になってしまう瞬間。
一筋縄ではいかない、それぞれの感情。
正しい一つの答えなんて、どこにもないということ。

ある日を境に突然現実が非現実になり、
日常が非日常になる不条理。
映像にも音楽にもすごい力があった。

主人公の夢ー祭りのシーン
亡くなった人も、生き延びた人も一緒になって踊る。

「放射能はないつもり
爆発なんてないつもり
強い絆があるつもり
だから心配ないつもり
地震も津波もないつもり
日本はひとつであるつもり
それで安心なつもり
地球はつもりで回ってる
みんなつもりで歩いてく
そういうつもりで眺めてみれば
僕らはみんな生きている」

なかったことにしないと生きていけない気持ち
なかったことにすることへの痛烈な批判、疑問符
でも人間ってそんなに立派じゃないし
生きてくって、あんがいそういうもんで。
鎮魂の歌でもあり、風刺の歌でもあり、人生賛歌、希望の歌でもある。
震災後に毎年福島で踊っている「ええじゃないか音頭」に通じるものを感じた。
お祭りという、境目のない、ごったまぜの世界。
でも、実は、僕らはみんな、
そんなわけわからん世界に生きている。

********

このドラマが全国に届いたのは、すごいことだと思う。
震災後、感じたもやもやが、あちこちに散りばめられていて、
当時のいろんなことを思い出した。

「福島を繰り返すな、忘れるな」
「子どもだけでも避難させた方がいい。」
「当事者が声を上げないと変わらない。なぜ福島の人たちは、もっと怒らないのか。」
「心をひとつに」「絆を大切に」
あちこちで、震災と原発の被害を受けた人たちに、心を寄せる声が上がった。
勇気づけられたり、気づかされることもたくさんあった。
でも、福島という言葉が独り歩きをしてしまう現実に戸惑う自分がいた。

忘れなきゃ生きていけない人もいて
被害者だけど加害者でもあった、と混乱している人もいる。
​福島に「残ってる」と言われることに傷ついていたり、
​​移住しても、大事な人たちが「危険だ」と離れた場所に住み続けていて、
​​新たな土地で再出発なんて想いには、なれなかったり。

私の姉家族は、福島から岡山に移住したけれど、つい最近までデモに参加することはなかったし、
政府や東電を表立って批判したり、賠償請求をしたりもしなかった。
自給自足を目指して、地道に育ててきた生活。
「奪われた」といえば、その通りだと思う。
でも、彼らなりの哲学があって志した道で、想いがあったからなおさら、
その生活をお金に換算することは、
二重三重に、自らを否定すること、されることでもあったのだと思う。
今までは自分たちの暮らし方が大好きで、誇りもあった。
世の中を少しずつ良い方向に変えられるかもという、ほのかな希望も抱いていた。
でも、結局、こんなことが起きてしまった。
これまでと同じように新天地で農地を耕しても、それは自己満足なんじゃないか。
これからどうやって生きていけばいいんだろう。
月日が流れても、時折どうしようもない無力感が襲ってきて、
なかなか前向きにはなれなかったと義兄は言っていた。
そして、私自身、こんなに近しい肉親の気持ちすら、十分に汲み取れてはいなかった。
それ自体は、そんなに悪いことではないというか、
そういう余白みたいなものに、お互いが救われているとも思うのだけれど。

ただ、これもあくまでも1つの現実のほんの一部でー

3.11が近づく度に、福島に関するドキュメントが放送される。
その映像はどれも貴重だけれど、繰り返し描かれる「福島像」に、
福島だけの問題じゃないのにな、とジレンマを感じることも多い。
「悲惨」なだけが福島じゃないし、福島=原発=放射能でもない。
姉たちも含めて、みんながみんな毎日悲しんでいるわけでもなくて、
それぞれの日々の生活があり、それぞれの幸せがあり、不幸がある。
震災前も震災後も、それは同じことで。

露出した問題も、震災前から存在していたことでもあり、
どこかで断絶してるのではなく、ずっと続いている。

形にすると、境界線ができてしまう感じ。
福島、という二文字も、二元論に吸収されやすくて、
言葉にした途端、違うものになってしまう。
だから、姉たちのことを誰かに話すときも、なんだかもやもやする。
「復興」、「被災地」、「被災者」という言葉も、実際にその土地に行って、
色んな人に会えば会うほど、しっくりこないというか、
あまり使う気になれないのも、そういうことなのかしら

・・・そんなこんなで、いろんな想いがどーっと押し寄せて、
ドラマを観た後は、妙な感じだったなあ。
どこか怒っていたような気もする。
突き放したかったのかな。
感動したり、カタルシスにはしたくないって歯止めが効いたのかな。

今もなお続いている多様な現実をフィクションで描くこと。
制作に関わった人たちは、きっとそれが持ち得る暴力性に葛藤し、
悩みながら作ったはずで、だからこそ、混沌を混沌のまま描こうとしたのだろう。
大人でも子どもでもない高校生を主役にしたのも。
あの喜怒哀楽が突発的に出てくる感じ、
泣いてたと思ってたら笑ってる感じとか、
存在自体が尖ってて、でも、どこか希望を体現していて、
大人が主人公だったら、あの空気感は出せなかったんじゃないか。

それでも、こないだの短いバージョンでは、伝わってくるものが断片的すぎた気がして
「劇的」な要素だけが浮かび上がりすぎてしまう、というジレンマを随所に感じた。

冒頭で、主人公が「神戸みたいにちゃらくない」と叫ぶ場面、
あの言葉じゃないといけなかったのかな・・。
あえて選んだとしたら、何を投げかけているんだろう。

酪農家さんのシーンにざわざわしたのは、
あまりにたくさんのドキュメントなどで、
ある種「福島の悲劇」の象徴になってしまっていて、
抵抗を覚えたからかもしれない。

先生役の彼氏がいきなり母親との確執を吐露する場面や
海辺で旦那さんを失った未亡人が泣き叫ぶシーンも、
前後の繋がりが抜け落ちているような唐突感があった。
2つとも、主人公が「ちゃらい」と言ってしまった神戸の震災が、
形としては「復興」していても現在進行形であったり、
同じ福島の震災を体験している彼女にさえ、善意の言葉ですくいとれないものがある、
ということに気づく重要なシーンだと思うけれども。

タイムカプセルを開いて、過去の空気を解放する場面。
「つもり」を希望に変えようとする瞬間には響くものがあって。

それでも、あの一日を体験した主人公が、
「しあわせ運べるように」を歌えるようになるには、
あそこに着地させて、そこにリアリティを持たせるには、
もっとたくさんの階段が必要な気がした。

生きていくには希望が必要で、
ドラマの力も、そういうところにあったりもして。
でも、そうだとしたら、なんか戸惑ったまま、少しだけ希望を匂わすような、
そんな曖昧な表情で終わるぐらいが、今の私には丁度良かったのかも。

なんだかんだ、まだ近すぎるってことなんだろうな。
う~ん。ずいぶん自分にとらわれている気がする。面倒くさい。

神戸の震災から15年後を描いた「その街のこども」は、とても心に響いた。
ふとした瞬間に、どうしようもなく観たくなる、そんな作品だ。
震災当時は子どもだった男女が、偶然15年後の式典の前日に神戸で出逢い、
夜明けまで共に神戸の街を歩く物語。
淡々としていて、ほとんど何も起こらないのだけれど、
ふたりの心の動きがゆっくりで、ぼんやりしていて。
どこか「当事者」じゃなくても入り込める隙間、余白があった。
ただ、自分にとって、やはり距離があって、年月も経ったから、
そう感じることができたのかな・・

自身の立ち位置に向き合わされたというか、足元がぐらぐら揺れた。
たぶんこれからもそうで、そうありたいとも思う。
きっと、多くの人が、それぞれの揺れを感じたはずで、
それが、このドラマの真髄なのかもしれない。

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3月24日
追記。

さっき、ふと目に留まったある文章を読んだ。

<5回目の3.11によせて 思っていたこと>→ (Click!) 

とても、とても近くに感じた。

誰が書いたんだろう・・と思ったら、南相馬出身の友人であった。
このタイミングで出逢えるなんて、なんだか不思議。
うれしかった。

震災を忘れることはないと思う。
でも、その「震災観」に囚われること自体が、
ある意味「風化」であり、思考停止に繋がっていたりもする。
私も私なりに、その瞬間瞬間に世界、他者とのあいだに生まれるもの、
生まれ続けるものを感じて、良い加減に生きていければと思う。
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作業中にバンッと音がして何かと思ったら、ヤマガラが窓に激突して、目が閉じそうになっていた。
気絶しただけかな?と願いつつ、手のひらに乗っけて、電球で暖めながら様子を見ていたら、
だんだん正気に戻って、丸まっていた足も開き、飛べるように。
しばらく玄関の靴箱の上で、ぼんやりした後、無事外へお戻りになりました。ホッ。
小鳥さんは大好きなので、ちょっぴり名残惜しくも、怪我がなくて本当に良かった。

ろくろ台の前に伸びた早咲きの桜も満開になり、
先日は作業場の窓辺で、てんとう虫が、総勢30匹ほど一斉に孵化。
一匹ずつ掴んでは青空へ放つのは、毎年恒例の春の行事。
行ってらっしゃ〜い!
しかし、最後のこの子、かなり用心深く、いつまでも死んだフリで、なかなか飛び立たなかった。

あっという間に陶器市まで1か月か。
最近は、その準備と並行して、建築家の清水さんが注文してくれた洗面ボウルを制作中。
丸いのと四角いのを手びねりで。
経験が浅いし、実際に長く使わないと良いものか分からないし、責任が持てないからと断っていたのだけれど、最後は清水さんの熱意に根負け。
まずはサンプルを作ってみて、気に入ってもらえたら継続して作る予定。
素敵に仕上がりますように。

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急な仕事を頼まれ、六本木森ビルの金融関係の会社へ。

焼きもの修行を終えて、作業場を作り、独立した頃、
東京で短期の出稼ぎをしようと派遣会社に登録し、2週間ほどお世話になったのが、この会社。
セキュリティカードがないと、どこにも入れない。
地上から遠く離れたオフィスからは東京タワーや高層ビルが見える。
当然窓は開かない。
受付には、おしゃれなワンピース&ピンヒールに、バッチリメイクの綺麗なお姉さんがいて、
社内では億単位の投資話が飛び交ってる。
そんな中に、いつもと大して変わらない出で立ちで、おにぎり持参で乗り込んだものだから、
もちろん場違いな感じはあった。
しかも、地面に足がついていないとそわそわするし、密閉された空間は昔から苦手。
数字は算数レベルでも頭がパニックになる。
ある意味、私にとって、最も縁遠い世界なのだけれど、その仮想現実感が逆に面白かった。

それでも仕事が終わって本物の森に戻ったときは、やっと深呼吸ができると心底ほっとしたし、
一度きりのご縁だろうと思っていたのだけれど、
半年ほど経った頃、働いていた部署の方から直接仕事の依頼があり、
それ以降も、年に何度か「東京に出てくるタイミングに合わせて手伝ってもらえませんか?」と
声をかけてくれるように。
なんやかんやで、もう5年以上のお付き合い。

その間に同じ部署の方々や、別の部署の社員さんとの親交も深まり、
いつも暖かく迎えてくれるので、とてもうれしい。
久々に訪れると、相変わらずの仮想現実だけど、懐かしい気持ちにもなる。
不思議なもんだ。

先日は、以前から漠然としか理解していなかった、
この会社の成り立ちや、仕事の内容について、踏み込んだ話が聞けた。
何年か前にも素朴すぎる疑問を投げかけて、丁寧にご説明頂いたことがあったのだけれど、
「なんだか分かったようで、全然分からない・・。
どういう仕組みになってるのか、具体的に説明してほしい~!」と頼んだら、
分かりやすい例を挙げてくれて、初めて自分なりに想像できるようになった。

隣の社員さんの電話の会話とかを、耳をダンボにしながら聞いていると、
なるほど、こんな風に市場調査をしてるのか・・と気づかされたりで、まさに社会見学という感じ。
ちなみに仕事は一応英文事務だけど、内容はいたってシンプル。
普段の里山生活が一番性に合っていると思うけど、
こうやって時折全く別の世界に入って、そこにいる人たちの営みを観察したり、
関わったりすることは、私にとって必要なんだなと、来る度に思う。
自分のつまんない先入観が打ち砕かれるというか。

以前は、金融なんて無味乾燥なマネーゲームだよな、なんてどこか否定的だったし、
今も色んな疑問はある。
でも、会社によって、それぞれやってることは違うし、
まず仕組みが分かってないから、その是非はさておき、とにかく少しでも内情を知りたい。
詳しい話は企業秘密にあたるので、ここには書けないけれど、
その内容を聞いていると、単なるマネーゲームでもなく、
街づくりに貢献していたりで、その過程には創造性が必要とされている。
結果的に損をする人もいて、救われる人もいるだろうから、
一概にどうこう言えないけど、すべてを一括りにしてしまうのは、やはり違う気がする。

今日は、以前から「うおー!すごい頭のキレる方だなあ~」と
遠目に見ていた社員さんと、仕事の合間にお互いの生活について話をした。
リーマンショック以降、金融業界でも新たな暮らし方を模索する仲間がいたりで、
彼女も今後の生き方について考えている最中だそう。
私が里山暮らしを始めた経緯や、
姉家族、友達の暮らしぶりを話したら、関心を持ってくれて、
「私の周りにも地元に帰って、地域のなかで色んな取り組みをしている人がいる。
そういう生活こそが最先端なんじゃないかなって思う。」
すかさず佐久間裕美ちゃんの「ヒップな生活革命」をお勧めしたら、
その場で検索してくれて「Kindle版があった!読んでみる!!」とのこと。
土屋鞄で働かせてもらっていたときも思ったけれど、
普段なかなか接する機会がない人たちと、それぞれの生活観や、仕事への想いや疑問、
そして、これから暮らしの可能性について話すのは、とても刺激的でワクワクする。

どんなに遠く思える世界にも人間の営みがあり、それぞれの想いや、感性が生きているんだな。
直接関わって、顔の見える世界が広がると、周りの景色がどんどん変わっていく。
こういう場をいろんな人たちと一緒に育てていけたら・・と妄想?を膨らませながら、
夜の6号をすっ飛ばして帰宅。
お供は上原ひろみのSeeker。気持ち良すぎた。

明日からはまた土との生活が始まる。