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ここ最近猪の来客が続き、とうとう今まで関心を示していなかった畑にも侵入。
先住民だから仕方ないが、夏を越すためにも食料だけは守らねばならぬ!と、農家のおっちゃんから聞いた技を実行に移してみた。
美容室から頂いた女性たちの髪を猪の鼻の位置に吊るす怨念術。
1週間経過。今のところ効果あり。
毎年、3月11日は、6年前と同じように作業場で静かに制作をしている。
放送された久米さんのラジオ番組で、ゲストの奥野修司さんのお話が、とても心に響いた。

年を重ねるごとに、色んなことの境目が曖昧になり、的確なことばが見つからなくなる。
ことばにしなくてもいい、と感じることも増えた。
聴きながら、夢で逢えない人と再会し、眠り続けたことを思い出した。

【久米宏 ラジオなんですけど】
タイムフリーやラジオクラウドで後追い視聴もできる)
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3月11日の「今週のスポットライト」
ゲストは、ノンフィクション作家の奥野修司さん。
東日本大震災の被災地で、遺族などから聞き取った不思議な体験をまとめた本『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』(新潮社)を出したばかり。

久米さんのインタビューを聴きながらよく思うのは、過度に寄り添わないけれど、突き放すのでもない、適度な距離感がとても心地いいこと。
どこか飄々とした不思議な安心感がある。

この日に誕生日を迎えた人、生まれた命にも想いを馳せる、ほんとうにいい放送だった。
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町の健康診断の結果が来た。貧血以外は異常なし。何故か年々じわじわと身長が伸びてる。まだまだ成長期だな。
歳を重ねる毎に、周りでも病を患う方が増えていて、健やかであることの奇跡を想う日々。
そこの忙しなく動いている君も!年に一度は必ず行ってね。
写真は、作業場の入り口がお気に入りのカマキリ。踏んでしまいそうだから、見つける度に庭に放ってるのに、必ず戻ってくる。
数日見かけず、とうとう諦めたかと思ったら、足場のブロックの中からコンニチハ~♪
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お盆休み、たまたま一緒のマンションに住んでいて、学年は違うけれど、同じ幼稚園と小学生に通い、家族ぐるみで仲良しだった友人達と、何十年かぶりに再会。

学校の帰り道、原っぱ、砂場やブランコ。
缶蹴りや鉄棒、地域の子どもコーラス、発明した色んな遊び。
幼い頃、一緒に目にした景色、吸い込んだ空気が鮮やかに蘇り、時空の境目にいるような感覚が続いたまま、福島へ。

2011年に生まれた大風呂敷。大きさも柄も、素材もバラバラの布たちが縫い合わさった空間。目にするたびに、こんな風景を紡いでいきたいと思う。
毎年少しずつ形を変え、続いているお祭り。帰れる時間。年々、県外・県内の顔見知りも増えて、再会しては踊り、「また来年!」と別れる。

ダンケシェーンのソフトクリーム、地元のお兄ちゃんたちとの陽気な時間。飯坂温泉。旅館のおばちゃんから頂いた桃。餃子会館の頑固おやじ。二層ラーメン。新たに見つけたお店。
やっぱり福島が、大好きです。

そして帰宅後、水戸で「標的の村」の上映会。
「闘い」というものから遠いところある、そんな暮らしを営んでいる人たちが、闘わざるを得ない理不尽さ。
地域の人たちが、「座り込みをする人たち」ではなく、そこで生活するひとりひとりとして描かれていて、観る前と後では世界が変わる。

終盤に、ゲート前の車中で歌い始める女性の声が忘れられない。
「音楽に政治を持ちこむな」って言葉がSNSに溢れた時があったけれど、あの歌を聴いたら、そんな意味づけは吹っ飛ぶんじゃないかな。

アフリカンダンサーの友人が、いつだったか、
「ギニアでは踊るのがdoじゃなくてbeなんだよね」と話してくれたことを思い出した。
暮らしのなかで生まれた喜怒哀楽が、そのまま音になる、踊りになる。福島の盆踊りも、きっとそうだから、毎年帰りたくなるのだと思う。

遠方から足を運んでくれたり、体調が悪いのに駆けつけてくれたり。
2週間の準備期間で、どうなるやら!?と心配していたけれど、たくさんのお客さんにご来場いただいて、上映後の会話も温かかったなあ。
高江の支援活動を続けている鈴木祥子は、親しい友人で、毎回トークの依頼をする度に「行くよ!」と即答してくれる。
今回は急な依頼だったのに、なんと滞在中の山梨から駆けつけてくれた。
彼女の行動力と、持続力、明るさとバイタリティには、いつも圧倒される。そして、会えばボケとツッコミで笑いが止まらなくなる。
根がアホなんだよなあ~。

幼馴染会も、盆踊りも、上映会も
変わらないもの、変わり続けるもの
関わり続けることで、見えてくるものだったり、
直接観る、聴く、話す、身体で感じることの大切さをじわーっと感じさせてくれる時間でありました。

感謝。
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今日も五月晴れ。
山法師の花畑に風が吹き抜けてゆく
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大好きな新緑の季節の到来!しかし、それは雑草との闘いの始まり。草刈り第一弾…3時間やったけど、まだまだある。そしてエンドレスに秋まで続くのであった。
都会の友達に、スローライフとかロハスと言われると、田舎生活はサバイバルじゃ〜!とツッコみたくなる。
そして、近所のおばあちゃんが、田んぼのあぜ道をブンブン草刈りしている姿を見ると、手を合わせたくなる。
しかし肉体労働は、やっぱ良いな。野生に近くなる気がする。風が気持ちいい〜
と油断していたら初ブユ。とりあえず、しうんこ塗っとくか。。
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雪柳に雪ふりつむ
枝垂れ桃に雪ふりつむ
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急な仕事を頼まれ、六本木ヒルズの金融関係の会社へ。

焼きもの修行を終えて、作業場を作り、独立した頃、
東京で短期の出稼ぎをしようと派遣会社に登録し、2週間ほどお世話になったのが、この会社。
セキュリティカードがないと、どこにも入れない。
地上から遠く離れたオフィスからは東京タワーや高層ビルが見える。
当然窓は開かない。
受付には、おしゃれなワンピース&ピンヒールに、バッチリメイクの綺麗なお姉さんがいて、
社内では億単位の投資話が飛び交ってる。
そんな中に、いつもと大して変わらない出で立ちで、おにぎり持参で乗り込んだものだから、
もちろん場違いな感じはあった。
しかも、地面に足がついていないとそわそわするし、密閉された空間は昔から苦手。
数字は算数レベルでも頭がパニックになる。
ある意味、私にとって、最も縁遠い世界なのだけれど、その仮想現実感が逆に面白かった。

それでも仕事が終わって本物の森に戻ったときは、やっと深呼吸ができると心底ほっとしたし、
一度きりのご縁だろうと思っていたのだけれど、
半年ほど経った頃、働いていた部署の方から直接仕事の依頼があり、
それ以降も、年に何度か「東京に出てくるタイミングに合わせて手伝ってもらえませんか?」と
声をかけてくれるように。
なんやかんやで、もう5年以上のお付き合い。

その間に同じ部署の方々や、別の部署の社員さんとの親交も深まり、
いつも暖かく迎えてくれるので、とてもうれしい。
久々に訪れると、相変わらずの仮想現実だけど、懐かしい気持ちにもなる。
不思議なもんだ。

先日は、以前から漠然としか理解していなかった、
この会社の成り立ちや、仕事の内容について、踏み込んだ話が聞けた。
何年か前にも素朴すぎる疑問を投げかけて、丁寧にご説明頂いたことがあったのだけれど、
「なんだか分かったようで、全然分からない・・。
どういう仕組みになってるのか、具体的に説明してほしい~!」と頼んだら、
分かりやすい例を挙げてくれて、初めて自分なりに想像できるようになった。

隣の社員さんの電話の会話とかを、耳をダンボにしながら聞いていると、
なるほど、こんな風に市場調査をしてるのか・・と気づかされたりで、まさに社会見学という感じ。
ちなみに仕事は一応英文事務だけど、内容はいたってシンプル。
普段の里山生活が一番性に合っていると思うけど、
こうやって時折全く別の世界に入って、そこにいる人たちの営みを観察したり、
関わったりすることは、私にとって必要なんだなと、来る度に思う。
自分のつまんない先入観が打ち砕かれるというか。

以前は、金融なんて無味乾燥なマネーゲームだよな、なんてどこか否定的だったし、
今も色んな疑問はある。
でも、会社によって、それぞれやってることは違うだろうし、
まず仕組みが分かってないから、その是非はさておき、とにかく少しでも内情を知りたい。
詳しい話は企業秘密にあたるので、ここには書けないけれど、
その内容を聞いていると、単なるマネーゲーム以上の創造性が必要なんだな、と感じる。
結果的、損をする人もいて、救われる人もいるだろうから、
一概にどうこう言えないけど、すべてを一括りにしてしまうのは、やはり違う気がする。

今日は、以前から「うおー!すごい頭のキレる方だなあ~」と遠目に見ていた社員さんと、
仕事の合間にお互いの生活について話をした。
リーマンショック以降、金融業界でも新たな暮らし方を模索する仲間がいたりで、
彼女も今後の生き方について考えている最中だそう。
私が里山暮らしを始めた経緯や、姉家族、友達の暮らしぶりを話したら、すごく関心を持ってくれて、「私の周りにも地元に帰って、地域のなかで色んな取り組みをしている人がいる。
そういう生活こそが最先端なんじゃないかなって思う。」
すかさず佐久間裕美ちゃんの「ヒップな生活革命」をお勧めしたら、
その場で検索してくれて「Kindle版があった!読んでみる!!」とのこと。
土屋鞄で働かせてもらっていたときも思ったけれど、
普段なかなか接する機会がない人たちと、それぞれの生活観や、仕事への想いや疑問、
そして、これから暮らしの可能性について話すのは、とても刺激的でワクワクする。

どんなに遠く思える世界にも人間の営みがあり、それぞれの想いや、感性が生きているんだな。
直接関わって、顔の見える世界が広がると、周りの景色がどんどん変わっていく。
こういう場をいろんな人たちと一緒に育てていけたら・・と妄想?を膨らませながら、
夜の6号をすっ飛ばして帰宅。
お供は上原ひろみのSeeker。気持ち良すぎた。

明日からはまた土との生活が始まる。
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作業中にバンッと音がして何かと思ったら、ヤマガラが窓に激突して、目が閉じそうになっていた。
気絶しただけかな?と願いつつ、手のひらに乗っけて、電球で暖めながら様子を見ていたら、
だんだん正気に戻って、丸まっていた足も開き、飛べるように。
しばらく玄関の靴箱の上で、ぼんやりした後、無事外へお戻りになりました。ホッ。
小鳥さんは大好きなので、ちょっぴり名残惜しくも、怪我がなくて本当に良かった。

ろくろ台の前に伸びた早咲きの桜も満開になり、
先日は作業場の窓辺で、てんとう虫が、総勢30匹ほど一斉に孵化。
一匹ずつ掴んでは青空へ放つのは、毎年恒例の春の行事。
行ってらっしゃ〜い!
しかし、最後のこの子、かなり用心深く、いつまでも死んだフリで、なかなか飛び立たなかった。

あっという間に陶器市まで1か月か。
最近は、その準備と並行して、建築家の清水さんが注文してくれた洗面ボウルを制作中。
丸いのと四角いのを手びねりで。
経験が浅いし、実際に長く使わないと良いものか分からないし、責任が持てないからと断っていたのだけれど、最後は清水さんの熱意に根負け。
まずはサンプルを作ってみて、気に入ってもらえたら継続して作る予定。
素敵に仕上がりますように。

​今年も焼き物を営みながら、暮らしの中の小さな発見、工夫を楽しみ、共有し、広げていけるようなイベントを企画できたらと思っています。
皆さんにとっても素敵な一年になりますように。

さて、新年早々、朝日新聞に掲載されていた稲垣えみ子さんのコラムに痛く共感したのでご紹介。
全文は→ (Click!) 

以下、抜粋です。

  ある日、近所のおしゃれな雑貨店でこんな貼り紙を見たのです。
 「お買い物とは、どんな社会に一票を投じるかということ。」
ハッとしました。買い物=欲を満たす行為。ずっとそう思っていた。でも、確かにそれだけではありません。お金という対価を通じて、それを売る人、作る人を支持し、応援する行為でもある。ささやかな投票です。
 選挙は大事です。でも選挙以外のこと、すなわち、一人一人が何を買い、日々をどう暮らし、何を食べ、どんな仕事をし、だれに感謝を伝え……ということは、もっともっと大事ではないか。逆に言えば、そうしたベースを大切にし尽くして初めて、意味のある選挙が行われるのではないか。投票しさえすれば、誰かがよい社会、よい暮らしを実現してくれるわけじゃない。
(中略)
  そう思うと、買い物って実に爽やかで豊かな行為です。買ったモノを楽しんで使うだけでなく、買うことが自分にとって心地よい世の中を作ることにつながっていく。お金の持つ可能性が何倍にも広がり、生きることが楽しくなりました。自分を支えてくれる人が幸せになって初めて、自分も幸せになれることにも気づかされました。私はひとりではなかったのです。
今や消費者というより、好きな働き手を支える投資家の気分です。日々闘いです。

(引用終わり)

 テレビ局勤務を辞めて、生活を根本的に見直そうと里山に移り住んでから、周りの人達の暮らしぶりに教わってきたことが沢山ある。

 まず、食べ物を自給できれば、そんなにお金がなくても、どうにかやっていける。当たり前のことだけど、当時はものすごい自由が開けたような気持ちになった。文字通り、自分の血となり肉となる食物が、どんなふうに育ち、実を結ぶのか、実際に体験してみると、本当に面白くて、食べること自体もとても楽しくなった。
 周りはモノづくりをしながら、細々と暮らしている人たちばかりで、もともと作るのが好きというのもあるけれど、貧乏暮しなもんだから、できることは何でも自分でやってしまう。家も修理するし、作業場も自分で作ったり。私も、大工さんと2人で一緒に作業場を作らせて貰って、あー家ってこんな風にできてるのか~と、目から鱗だった。

 日々の生活を手作りすることが、生きる力になっていくこと。震災のときも、痛感させられたことだ。私のお隣さんは、姉が福島で営んでいた暮らしと同様、自然農で野菜を作りながら、薪ストーブで暖を取り、昔ながらの黒電話を使っていて、地震の直後に訪れたら何の不自由もなく生活を続けていた。
 みんながみんな、そういう暮らしを選択するわけではないけれど、環境の変化や経済から、ある程度独立した暮らしを営む可能性があるということ、こういう選択肢もあるということだけでも、気が楽になる、そんな人たちもいるのではないかと思う。
 前述のコラムでの消費活動に関しても同じ。買うという行為が、誰かを応援し、社会をつくる創造的な行為でもある。そのことを知ったとき、とても豊かな気持ちになれた。

 年始に観た「戦後70年」ニッポンの肖像で、タモリさんが、これまでの資本主義とは違う新たな道を探る必要性に言及していたけれど、ほんとそうだなあと思う。これからも小さな生活革命を積み重ねていきたい。
ちなみにその番組でのコメントについては、こちらにまとめが。見応えのある放送だった。⇒ (Click!)